37.2

生きてた証拠. HSP 躁鬱

就職活動。

 

今あたしの学年で行う(行って当然だと言い聞かされている)べき活動だ。

 

電車の中でもその活動の真っ最中である、という格好をした若者がゴキブリのように腐るほど湧いている。

 

全員黒髪、全員就活メイク、全員一つ縛り、全員黒のリクルートスーツ、全員黒のパンプス。そしてスマホとにらめっこしながら全員死んだ目をしていた。

 

企業に惹かれたことを履歴書に書く。学生生活で力を入れたことは?企業に好まれるような答えを考えて書く。

長所は?短所は?こういう短所は書いてはいけない。こういう答えはしてはいけない、面接時の部屋に入る時はノックは3回。入る時に礼をする、入る前には大きく失礼します、と挨拶をする。

全て企業に気に入られる人物像になるために自分の個性を殺し、そして染める。

それが就職活動なのだ。

 

正社員になることが正義だというような口ぶりで大人達は話す。

あなた達は出来ます。だって先輩達は○○(大手)や○○(大手)に就職した人だっているんだから。

 

そんなことを話された日や個性を殺していた日々を思い出すと鳥肌が立つ。

個性を殺すことが正義なのか。アイデンティティーを殺してまで会社の駒になるのはどんな心地なんだろう。

あたしはその道は選ばなかった。選べなかった。

世間で言うお祈りメールが来た時は絶望した。お先真っ暗 何も残されていなくて死ぬ意欲も湧かなかった。両親に泣きついた。結果が来るまでの期間も不安に溺れて毎日泣いていた。

 

でもあたしは縁があって小さな事務所で働くことになった。結局落ちるところに落ちた感じだ。

 

就職が決まったと就職担当の先生に話したらパッと顔が明るくなった。

 

お世話になりました…では無く、

はい。その言葉が欲しかったんですよね。お疲れ様でした。としか思わなかった。

ある日あたしの就職決定の紙を貼ったぞと今就職活動をしている友人と共にいる時に言われた。もう髪を染めていいぞ、とも。

 

頭湧いてるんじゃないのか?そう思った。

あたしだったらそんな友人の決定したことなんて聞きたくもない。素直に祝うことなんて出来ない。

なぜそんな配慮のない行動をすることが出来るんだろう。しばらく友人達の顔が見るのが怖かった。

 

腹減ったから書くのやめる とりあえず個性を殺すための期間だとしか思えないことを言いたかった、それだけでした。そりゃ自殺も減らんわけだな、過労死もどんどん増えていくだろう、だってまだこれは働きすぎじゃない、もっとやってる人はいる、まだ大丈夫、やらないとダメだ、甘えだ、という思考の人間が多いのだから。そう言ってるあたしもその1人である。いやーこわいね、どうなるんだろうね