37.2

生きてた証拠. HSP 躁鬱

ハピネス

恋人の家に住み始めてあともう少しで一ヶ月が経とうとしている。

少し前から通い始めたカウンセリングでは結果(鬱傾向や解離性(略)のレベル、ものや人への依存性等の生きていくためにマイナスな数値を毎回テストのようなものをし、測るのだ。)があからさまに良好になっていてまだあたしは生きてていいんだと思えた。

 

恋人と同棲(と言ってもいいのだろうか?)してからまあ、それなりに喧嘩はあったが重かった心が少しだけ軽くなって地に足がついた感覚をよく感じるようになった。意識が斜め上に行ってしまう変な感覚も起きることが少なくなった。(これが解離性なんとかの症状の1つらしい。)

起きて気が向いたら学校に行くor働いて家に帰ってご飯を作って恋人の帰りを待つ。その生活が幸せなのだと思った。

 

昨日は高校時代からの唯一残った友人と会った。その子はあたしのことを「社会人になっても会いたい人だよ」と言ってくれた。これもまたあたしは生きてていいんだと思う理由のひとつにもなった。また9月に会おうと約束をした。

 

今月末はもう1人ずっと昔から友人である子と会う約束をしている。

誕生日にその子がくれた手紙には『あまり自分を傷つけないでね』と書いてあったがあたしはまだ弱くてそれを守ることは出来なかった。その手紙を読むたびに泣いてしまうのは内緒である。とりあえず今月末楽しみだな…

 

恋人が仕事から帰ってきてご飯を食べ、すぐ寝てしまった。あたしは1日休みだったからまだ眠気が襲ってこなく、スマホをずっといじっていた。ふいに実家で飼っている犬の写真を見てしまった。

「あたしがいないことに気づいてるのかな」

「あたしのこと忘れていないかな?」

「おばあちゃん犬だから病気等になっていないだろうか」

…とかいろんな思いがドバっと溢れてきて泣いてしまった。来月の最初に実家に帰るのだが別れたくなくて泣きそうだなと思った。

 

このブログは久しく更新していなかったがなんとなく最近生きてみたいなと感じることが多くなっている気がする。このまま幸せになれれば他に願うことなんてないのだ。あたしの幸せをあたしは願う。また気が向いたら更新します。あたしはまだ生きてる。